高度経済成長が終わり、単一のピラミッドの頂点をみんなでがむしゃらに目指す時代から、自らの納得する生き様をそれぞれがそれぞれのペースで描いていく時代に、移り変わりつつあります。グローバリゼーションやデジタル化により国際情勢が複雑に変化する中、「常識」を鵜呑みにするのでなく、一人ひとりが信念や批判的思考にもとづいて、毅然と道を拓いていくことも必要とされています。
このような話を聞くと不安が募りますが、これは同時に、一人ひとりの個性が輝く時代がやってきた、ということでもあります。「○○会社の課長です」と名乗る時代から、「○○が自慢の△△です」と名乗る時代へ。借り物の人生ではなく、自分自身の人生を胸を張って生きられる時代が来た、ということです。
そのような時代が求める最大の資質が、主体性です。
これまで日本の多くの組織は、「出る杭」をあまりよしとしない調和型の文化を築いてきました。学校もその典型的な一つで、「先生の言うことをじっと聞く」「みんなでがんばる」ことが礼賛されてきました。このように、個を抑え組織を立てる価値観が底流にあり続ける中で、生徒の主体性を育てるというのは、やや矛盾があります。
結果としてこれまでは、「もっと積極的に発言しなさい!」と先生に言われてその通りに振舞うような、「名ばかり主体性」も珍しくはありませんでした。しかし、そのように育てられた子どもが、「出る杭」にあふれた本物の国際社会にデビューしたら何が起きるか。ぜひ想像してみて下さい。
激動の時代を前に、私たちは自らのあり方を根底から問い直す必要があります。
さて、そもそも主体性とは何でしょうか。主体性を育むために、私たち大人はどのように子どもたちと接すればよいのでしょうか。先日職員会議で先生方に語った内容を元に、こちらに再掲してみます(会議ではもう一つ広い概念である “Student Agency” に触れたのですが、これはまたの機会にします)。
主体性とは、大まかに言うと意欲と自律性から成ります。つまり「それをしたい」という心の底から湧き出す気持ちと、そのために自らが責任をもって判断・行動すること、の2つです。上の例のように形ばかり積極的でも、内心やらされ感が渦巻いているようであれば、主体的とは言えません。また、やりたいことが与えられるまで待っている、というのももちろん、主体的ではありません。
この2つの要素から主体性は、与えれば与えるほど逃げていく、蜃気楼のような性格をもっています。正解が与えられれば探究心は削がれ、ルールが網羅されれば依存心が首をもたげてきます。このことから、かつては補習をしたり、丁寧な解説をしたりする面倒見のいい先生がもてはやされたのに対し、近年は生徒が自ら試行錯誤をする余地を与え、支えて待つ(コーチングといいます)ような、一見逆の姿勢をとれる先生が求められています。
極端な例ですが、ベストセラーにもなった米国サドベリースクールの系譜をくむある学校は、生徒が自ら動き出すまで、生徒の内面に起きていることをスタッフが推測しながら、何日でも動かずに待つような方針を貫いています。
クラス40人の大所帯を抱えた私たちのような公立学校で、ここまで理想的な状況を実現することは困難です。必要悪であれ大学受験への対策もしっかりとしなければならない中、チェックペンやドリルを用いた「苦行」もゼロにはなりません。それでも、教科活動や学級活動の中で、局所的ではあれこのような学びのあり方に取り組もうとしている先生が、すでに複数います。
生徒たちが、学びの手綱をしっかりと握り、そしてその先にある人生の手綱に手を伸ばせるよう、根底にある学校の考え方の変革を含め、じっくりと支援の体制を築いていく所存です。
長々と文字で記してしまったので、最後は映像で締めようと思います。
主体性を育むことを目的とした体系的な教育手法の一つに、PBL (プロジェクト型学習)というものがあります。企業などでおなじみの「プロジェクト」の手法を教育に取り入れたもので、生徒にある達成すべきミッションを与え、その解決に向けて生徒自らが必要な情報・教科知識等を収集し身に付ける手法です(日本でも「総合的な学習(探究)の時間」を中心に、徐々に導入が進んでいます)。
米国に、このPBLを教育課程のど真ん中に置いた、革新的な学校があります。カリフォルニア州にあるHigh Tech High (HTH) という学校です。この学校の活動を題材とした映画が、こちらからワンコインで見られます。上に記したようなコーチ型の先生が、生徒に向き合うシーンがたくさん出てきますので、よろしければ、週末にでもご家族で見ていただけたら幸いです。「先生」を「保護者」に置き換えれば、ご家庭の教育の上でも大きなヒントになるかと思います。
※本当は、自主上映会を催してみんなで鑑賞を、と思っていたのですが、コロナ禍によりこのような形での紹介としました。見ていただいたみなさまは、誰かと語りたくてウズウズするかもしれません。そんな対話の渦が生まれたら本望です。
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